スー、高校生になる(1)
「それにしても、我々は二世につくす人生だねぇ。自分たちが何を我慢しているというわけでもないけれど、いつも家族としての決断の最優先事項は子どもたちのこと。自分たちがガンガン稼いで年収や社会的地位とやらを上げていくという道もあった気もするけれど、そうではない人生を選んできたようだ。」
お、いいことを言ったな、と思った。私も、折々に感じていた。(う)が10歳でインドに里帰り旅を実現させたり、(す)のこの度のニュージーランド進学についても、私たちのこれまでの経歴と人脈と度胸が大いに注ぎ込まれている。きっとそれは、今後の(ま)や(さ)にも同じ。そして結果的に本人たちの希望にも沿い、私たちも一緒に冒険を楽しめる。なかなか面白く循環している、と折々に思っていた。
そんなことに思いを馳せていると、パッカパッカパッカ・・・と近づいてくる馬の駆けるような音。突然目の前を若い雄鹿が軽やかなステップで横切っていく。えええ!と思って(ゆ)を呼んで知らせていると、しばらくして山の中で遊んでいたはずのうちのコト(甲斐犬・オス・5カ月)が後から嬉しそうに走ってきた。初めての動く鹿に、興味津々でついてきたという印象。それにしても、初の鹿追い。猟犬としての素質はいかに?
子どもたちのことに思いを馳せてしみじみしていたところだったので、最初あっけにとられつつ、なんだなんだ?と我に返った。頭の中と目の前の情景のギャップがおかしくて笑えた。
この畑のすぐ上を鹿とコトが走っていった
そう、中3の(す)は年が明けた1月末にニュージーランドに一人で旅立ち、2月からの新学期を迎える。ここから3年間の高校生が待っている。カヌーポロに全力で取り組みたい(す)の武者修行。英語、生活スタイル、教育環境の違い。きっとこの子ならもがき楽しみながら乗り越えていける、と思う(多分)。そう思わせるだけの努力と考察を、この子は続けてきたと思える。
思えば小1で早川町に来て、本流堂とラフティングに出会い、パドルスポーツへの興味がいつしか競技として追及していくことにつながっていった。中2の段階では、カヌーポロに専念したい思いが強くなり、我が家的には一大イベントである高校選びが始まった。自宅から通える高校がない現状。(う)も調査と考察を積み重ねて納得のいく国立高専という進路を選ぶことができた。さぁ、次は(す)の番だよと気を引き締める。とはいえ、やりたいことが明確がゆえに学校選びは難航した。(これは次回、(す)による「高校見学レポート」に詳しく記されている。)
高校に通わないで全国の川で武者修行する、というパターンから、日本にとらわれずに海外も視野に入れる、というところまで選択肢はできる限り広げて考えさせた。そんな時、ふいに私の目についた「ニュージーランド留学フェア」が冬に東京で開催される、という情報。何となく、あ、なるほどね!とピンときた。本流堂(た)ちゃんがよくニュージーランドの激流のすごさと面白さを語っていたことも頭のどこかにあったのかもしれない。(う)が英語上達のために短期語学留学に憧れていた時期でもあったので情報収集にもなるかな、とも思った。そして意外にも欧米へ留学に比べてかかる費用がだいぶ抑えられることも知った。また、オセアニアには私自身がこれまで縁がなかったことも興味をそそられたのかもしれない。
(ゆ)に話すと、何事も情報収集だ、ということで皆で12月の東京に遊びがてら行くことに。皆の予定が空いていたのも幸運だった。留学フェアの六本木会場には我が家からは私と(う)と(す)、そして(ゆ)は下2人と一緒に上野動物園で時間を過ごした。
行くとなれば、ちょっと色々調べてみよう、と私も(す)もスイッチが入った。(す)はニュージーランドの男女ともカヌーポロが強いことを知っていた。特にアンダー女子は世界一。留学について検索してみると、ニュージーランドへのラグビー留学を応援するようなエージェントや提携校は見つかっても、カヌーポロどころかカヌーについての留学情報は皆無だった。というわけで、当初から手探り手作り覚悟の調べものになることは覚悟したのを覚えている。
調べているうちに、ニュージーランドのカヌーポロ連盟のサイトで高校生の全国大会の動画を発見。トップ10の高校名を書き出し、地図に印をつけてみた。高校名さえわかればあとは一つずつ調べて問い合わせていくのみ!こういう地道なことは結構好きなので助かった。ちなみに、(う)の高専選びの時も、全国に51校ある国立高専のサイトを全部見たっけ。(梅音もしっかり読み込んで、見学にいく高専を選びました。)(す)の場合は、留学生の積極的な受け入れをしているかどうか、でかなり絞られた上にコロナを機に一時的に留学生受け入れをやめている学校もあってリストはかなり短くなった。そしてなんと、絞られた中の一校が、12月の留学フェアにブースを出していることが分かった時は、ブルブルっときた。確かめたい内容をリストアップし、(す)もドキドキわくわくで12月を待った。
さぁ、留学フェア当日。目指すブースはNapier Boys’High School。結局1年後、ここに決めるわけだが、この頃はまだまだ国内の高校と同じように並べていた選択肢の一つ。まずは情報収集だ、というくらいの位置づけ。ブースにいたのは、にこにこした若目の男性。自己紹介をして、校長先生だと知る。留学生担当の職員が忙しくて自ら日本に来たのだという。この人との出会いが、(す)の心をつかんだようだ。(す)のカヌーポロへの熱意をにこやかに聞いてくれて、
「スクラ、ぜひうちに来なさい。思う存分、たくさんの仲間とカヌーポロができる環境が整っているよ。レベルも高い。君が仲間と楽しんでいる姿が目に浮かぶよ。」
と言ってくれた。また、専属のコーチがいること、学校に練習できるプールがあること、同世代のプレーヤーが山のようにいること、部活の他に地域のクラブがあること、ギアは全て貸し出ししてもらえること等々、どんどん(す)の目が輝いていく。それから校長先生は続けて、
「それで、スクラ、カヌーポロの他には君は何を勉強したいんだい?」
と尋ねてきた。そこで(す)は初めて固まった。「やべ、俺、ポロ以外のこと何も考えてないわ・・・」という心の声がはっきり聴こえた。校長先生のこの質問が、よかった。その後、(す)は半年間ずっとそのことも考える重大要素に組み込んで、進路を決めていくことになったのだから。
奈良田に戻り、校長先生から聞いたカヌーポロ環境の情報を踏まえて、絞られていたニュージーランドの高校いくつかに問い合わせのメールを送った。同時に、ニュージーランドへの留学を専門とする日本のエージェントいくつかにも、関心を持っている高校名を挙げて相談のメールも送った。そうして分かってきたことは、NBHSの環境が恵まれたものであるここと(特に専属コーチがいる、ギアが全て貸し出し可である)と大都市ではないために日本人が極めて少ないことなどだった。さらに、ほとんどのエージェントが「いやぁ、カヌーポロという分野は分かりませんなぁ」という対応だったのに対し、あるエージェントのOさんだけは「素晴らしい留学目的ですね。水球をしていた子の留学を支援したことがあります。カヌーポロは初めてのケースですが、調べてみます!」と前向きなお返事をくれた。さらに驚いたことに、このOさんが「間違っていたらごめんなさい、もしかして12月に東京のフェアにいらっしゃってましたか・・・?」と聞いてきた。NBHSのブースで熱心に話をしていた親子を見かけたのを思い出し、もしや、と思ったという。動き出すと縁はつながってくるから面白い。思えば、私もこうやって振り返ればつながっている縁を手探りで辿って冒険してきた。結局、(す)が留学を決めてから、このOさんに大事な留学の書類のやりとりなどでお世話になっている。
(わ)