故遣薰風特送涼(2)

 2日目は台湾大学のキャンパスツアーから始まった。

 1928年の日本統治時に創設され、当時は日本人の教授もたくさんいたそうだ。キャンパスの総面積が国土の1%を占めると聞いた時はびっくりした。実際とっても広く、キャンパス内の道路や交差点、広い池やあずま屋、あちらこちらに生える立派な木々が、一つの町を作っているようだった。地元の幼稚園児たちが先生と散歩に来ていたり、おじいちゃんが犬の散歩をしていたりした。ふさわしい木がこんなにたくさんあるのだから、父がツリークライミングをしたらみんな楽しいだろうなあと思った。 

 その後に訪れたのは228記念館。台湾のおおまかな歴史の流れすら理解できていないまま日本を出発した私は、ここがどういう場所なのか、本当に検討がついていなかった。今回は修学旅行だったから来られたけど、こんなに無知なまま、海外を訪れようとはまず思わなかっただろう。 

 50年にわたって日本が台湾を植民地支配していた。台湾にずっと住んでいた人たち。日中戦争後の内戦で敗れ、逃げてきた蒋介石と軍人たちとその家族。彼らの話す言葉は違った。数ヶ月前にニュースで見た、蒋介石の銅像を撤去するかしないかで2つに分かれる市民のインタビューを思い出した。それまでふわふわと異国の空間を漂っていたような足が地面をとらえ、一気に重力を感じた気がした。 

 3日目はまる1日自由散策。台湾人の大学生ハビちゃんが、迷える私たち7人の高専生をどこへでも連れて行ってくれた。原宿のような西門で雑貨や服を買ったり、台北101の展望台に登ったり。屋台ひしめく狭い道の奥の料理店で食べた小籠包が美味しかった。19時の門限ぎりぎりになりそうだったので、屋台で買った大きな大きなジーパイはホテルに帰るまでお預け。どっしり温かい肉の塊を持って地下鉄に乗り、甘辛いタレとスパイスの匂いをぐっとかぎ、大量にかけてもらったチリが鼻に入ってむせた。 


 日本にきた外国人が行きたい!というようなポピュラーな場所、写真映えするスポットは、私たち日本人にとっても異空間というか、自然ではないだろう。自分たちの姿が、日本にいるときにみる外国人観光客の姿とぴったり重なった。当然である。 

 私はあまのじゃくなので、なんだかそれが少し悔しく、虚しかった。日本で外国人観光客に、「どこがおすすめ?」と聞かれて、自分の好きな小さなご飯屋さんやあの場所の景色、雑貨屋さんは答えないときの気持ち(私は同級生にもそういう返事はしない)。現地で暮らして、人と話して、自分でいろんな場所を探検して見つけられるものがあるとしたら、そっちの方が気になる。が、今あがいてもどうにもならないので、とにかくホテルでよく寝て元気満タンで最後1日を楽しもうと思った。 

(う)