故遣薰風特送涼(3)

 最終日はまず中正紀念堂に行った。

 忘れられないのは、1階のフロアと、4階の蒋介石のブロンズ像のある空間の、ヒノキの天井。彫ったり組まれたりしている巨大な天井は見上げていると吸い込まれるような、不思議なものだった。かすかにヒノキの香りもして、気持ちがほっとした。やはり台湾のヒノキも長い時間をかけて(1m育つのに350年かかるらしい)、質の高い木に育つそうだ。そこから取れるオイルの成分もすばらしいのだろう。蒋介石を記念して建てられたことがピンとこないのは、様々な年齢の、障がいをもった画家が描いた絵がたっぷりと展示されていたり、お年寄り向けの書の教室などが開かれていたり、小さい子どもたちが庭を散歩していたりしていたからだろうか。巨大なヒノキが香る空間で、年齢も国も何もかも違う人たちが、それぞれが好きなものを見ている。正門の両サイドには、国家戯劇院と国家音楽庁の、くっきりした朱色の建物もあった。美しくてカラフルなのに、静かな場所だった。 

 初めから終わりまで、驚くほどスムーズで苦労のない旅だった。 

 しかし、もっと面白いものがあるはずなのも分かった。7年前行ったインドにも、もっと面白いものがあるはずなんだよな、と思った。 

 私には、興味を持っていることがたくさんある。それらに打ち込める環境にもいるし、工夫次第でもっともっと打ち込めることも知っている。でも、もっと何か向き合いたいものが、向き合うべきものがあるとも、思うのだ。それに早く時間をかけたい、今こんなことをしている場合ではないのに、と、焦るような気持ちが自分にあることをこの旅で気づいた。もう来年には18歳なのだ。 

 最終日、龍山寺でおみくじをひいた。お寺の係員みたいな人は、「ルールを守っていれば問題ない」と日本語に翻訳された文を見せて、ざっくりとした意味を教えてくれただけだったので、帰国後に意味を調べてみた。 

 書いてあったのは、「諸葛公隆中高臥」という故事がもとになった歌だった。 


夏日初臨日正長 

夏の日は一年でもっとも長い。 

 

人皆愁惱熱非常 

人は皆暑さに苦労するものだ。 


天公也解諸人意 

そんな時天は人々の意を汲み、 

 

故遣薰風特送涼 

涼風を吹かせてくれるのだ。 


今があなたの人生でもっとも長い苦労のときかもしれません。 

しかしそんな時、天は決してあなたを見捨てません。 

真夏に吹くさわやかな一陣の風のように、あなたにも気持ちのいい風を送ってくれるでしょう。 

しかし安心は禁物です、まだ真夏は終わったわけではありません。 

天の恵みに感謝しつつしっかりと気を引き締めていきましょう。 


 ど肝を抜かれた。鼻水が出るくらい泣けてきた。ちなみにこの歌を解説しているサイトの更新日が12年前の今日だったのもびっくりした。 

 龍山寺では、こう、という積み木のような2つの赤い木片を落として神様の声をきくのだが、「この番号のおみくじであっていますか」というような質問で、いずれにおいても1回で「はい」の結果が出たのを思い出した。

 しっかり寝れたので体調を崩すこともなく(というか絶対崩さない、と決めていた)、しゃっきりした脳で見れるだけの景色を見た。ここで見たもの、感じたもの、ガイドさんとのおしゃべり、何もかもが、想像もしていなかったところでつながることがあるかもしれないし、ないかもしれない。でも、そのとき限りの瞬間を大切にできて良かった。 「その時」のために、今できる精一杯のことを、元気な体でしようと改めて思った。どこまでも広がる感性を研ぎ澄まそうと思った。いろんなものを見たいと思った。そう思えたから、台湾に行けて本当に良かった。 

(う)