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200歳になっても

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  キウイ棚に寝転んでカウンターを担当している(さ)  秋晴の空の下、92歳(み)さんの庭では毎年恒例のキウイ収穫です。霜が二回降りたら収穫、という目安を今年もしっかり守りました。例年、キウイ棚に登って収穫をお手伝いするのは{ま)と(さ)の重要な役目です。今年は6歳になっただけあって、(さ)も大貢献。6年生(ま)は安定の仕事っぷりです。二人のおかげで仕事の進みが早い早い!助かります。二人も(み)さんも相当楽しそう。 (さ)「みーさんが200歳になって動けなくなっても、このキウイ収穫、さっちゃんたちするからね」 (ま)「200年経ったら、うちらも動いてないんじゃ・・・」 (み)「あっはっは、200歳ねぇ。もう来年には全部頼むわ。(←毎年こういっています)」 なんて謎の会話を交わしながらも、どんどん収穫。私はせっせとキャリーにいっぱいになったキウイをお蔵に運びます。 青い空の下、気分爽快。 (み)さんの習慣で、毎年カウンターでキウイの個数を数えています。今年は摘果をさぼったということで、去年より多い1800個超え。キャリー6個分。それでもほとんどが大きくて立派なキウイたちでした。これからしばしおいて、甘くなるのを待ちます。 大小でカゴを分けるようにしました  収穫してもすぐに食べられれないのがもどかしいところ。ですが、今年は同じ畑にあるタワラブドウ(キウイの原種と言われています)が救ってくれました。こちらは熟しているのばかりで、甘いこと、おいしいこと!タワラブドウをつまんで水分補給しながら、ガンガン収穫を続けます。  途中におやつタイムを挟み、終わったら皆でそうめん昼食をしてアイスも食べて、今年のキウイ仕事も無事終了。よかったよかった。秋の一大行事でした。 (み)に庭では大量のクリタケが干されています  収穫と言えば、うちの庭でも3年越しのこんにゃく芋を掘りました。茎が太かっただけあって、ゴロンゴロンと巨大な芋が!いったいどれだけ大量のこんにゃくになることか。ちょっと計画的に作っていかなくちゃ、とひやひや。でも集落の(と)おばちゃんから譲り受けた種芋がようやくこの大きさになったことが何とも嬉しいです。ご近所の皆さんに教わったことが、生活の一部となり、子どもたちの記憶となり、家族と畑で続いていきます。 こんにゃく芋、ゴロン! (わ)

菅山寺の森 石積みワークショップ

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11/8(土)~9(日)にかけて、菅山寺の森(滋賀県長浜市)で石積みワークショップしました。昨年に引き続き、この場所では2回目になります。 主催者の 菅山寺森友の会 によれば、全国各地から参加者は14名。様々なバックグラウンドを持った、個性豊かな方々が集まりました。 本来は2日間のプログラムで実施する石積みワークショップですが、2日目は作業ができないほどの降雨が非常に高い確率で予想されていました。主催者とも相談し、お昼休みの段階で急きょ、1day石積みで直しきることを決断。普段のワークショップでは口出しばかりですが、僕も作業に加わってたくさん手を出して、作業予定時間を1時間ほど延長して、みんなでなんとか積み上げることができました。 慌ただしい日程になってしまいましたが、やはり初日の朝一番でおこなった座学が効いているなぁ、と実感します。僕が講師を務める石積みワークショップでは、主催者にお願いして、作業に入る前に石積みの基本を学ぶ座学を実施しています。この座学があることで、作業現場での指示や指導が伝わりやすくなり、参加者同士のコミュニケーションもスムーズになっているように思います。 2日目は予報通りの大雨となり、まずは屋内で、駆け足で積み上げた初日の作業の復習、質疑応答、そして遣り方を設置した場合に利用する、ロープワークを応用した水糸の張り方のコツを講習しました。そしてお昼を挟み、雨の中の菅山寺の森を歩いて、積み上げた石垣を再確認、そのまま森をガイドしてもらいながら、この土地の自然や歴史を学ぶリラックスした時間をみんなで持つことができました。こういう石積みワークショップも悪くないですね! 皆さん、お疲れさまでした。 (ゆ)

インチキはダサい。本質的でありたい。

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昨日(11/6)は、集落の水道工事に一日中かかりきりでした。 不具合に気づいたのは春。水源をひとつ無駄にしてしまっている状況でした。業者に委託するほどの規模でもなく、このくらいは自分たちでやります。ですが工事の日程調整がうまく行かず、 つい後回しに。 すぐに手をつけることができればよかったのですが 、 水不足が心配される冬を目前に、とうとう動き出したというわけです。 一緒に作業したのは大先輩の(ま)さん。険しい山の奥深くに分け入る水源ではありませんが、工事が必要になっている箇所はいずれも急斜面。 (ま)さんは 後期高齢者ながら身のこなし良く、足場の作り方やロープ紐の使い方が上手で、無理な体勢で作業することはありません。これはとても大事なこと。ツリーワークや石積みをする人間としても大変参考になります。 キツイ現場でしたが、おかげさまで、工事は完了することができました。(ま)さんのおかげ、いつまでも達者ですごいね。それで済まされないなと、今回はつくづく感じました。 ひとくちに「田舎」と言っても、イメージは人それぞれ。ある人にとっては地方都市も十分田舎であるだろうし、都会へのアクセスも良い里山地域をイメージする人もあるかもしれませんが、ド田舎の暮らしにまで思いが及ぶ人は珍しいのではないでしょうか。 地方創生、地域活性化、村おこし、、、なんとなく若者が増えることを期待する向きがありますが、果たしてそんなに単純なもんなのだろうか。私たちの暮らす地域は〝ド田舎〟のカテゴリに含まれると思いますが、人々の暮らしのみならず、事業を営む上でも、水道の利用は不可欠のはず。でもその利用のためには、ある程度以上、自分たちで水源からメンテナンスしていかなければなりません。都合よくいつでも頼れる業者が近くにいるわけではないですし、行政を頼れるケースであっても、予算化から実施まで時間がずいぶんかかるでしょう。 そこまで気を回せる若者って、現代ではどれくらいいるだろう? 知らないことはやむを得ませんが(僕もかつてはそうでした)、山を覚えたり、手入れのための技術を習得するまで、あるいはそういうことに積極的になれない人のことは、手入れができる人がずっと面倒を見ているような状況が続きます。何でも他人任せの若者が増えても、一方では負担が増えるばかりなんです。 それで本当に活気づいていると言えるのかどうか。学...

第3回石積み甲子園

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11/2は 第3回石積み甲子園 でした。主催する 一般社団法人石積み学校 より依頼を受け、昨年に引き続き、今年も審査員を務めました。 優勝は徳島県立城西高校神山校。この学校は昨年は準優勝校でした。そのときもチームワークの良さが光り、石垣の出来栄えも、実際の使用には問題なく堪え得るものでした。大会後に「チームワークでは一番だった。石積み続けてほしい」と声掛けたのをよく覚えてます。 その城西高校神山校が、当時のチームワークの良さをそのままに、見事な出来栄えの石垣を築き上げました。石積みを接続させる隣の学校への配慮も快く、石を積んでいきながら、どうしても発生してしまう局面々々の対処方法についても、チーム内で話し合われる内容のレベル高さにも感心しました。おそらく、石積みのことをよく考えてこの一年を過ごしてきたのでしょう。こういう若者の登場が、とても嬉しく感じられるようになってきたなぁ。ちょっと涙出てきそうでした。笑 こんなに石積みのことを好きになってくれて、ありがとう。 開催地となった高知県から初出場した2校も、センスの良さが感じられました。どちらも地元の方から指導を受けてきたそうです。たくさんの観客がじっと見続けている様子も印象的で、こういう地域の理解の広がりを感じられたことにも、とても勇気づけられた大会でした。 徳島県立城西高校神山校の皆さん、おめでとうございます。また準備運営に携わった方々、出場した学校関係の皆さん、お本当に疲れさまでした。僕の方は当日のみで、申し訳ないくらいでしたが、参加させてもらえてよかったです。 (ゆ)

スー、高校生になる(3)

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   2024年8月あわらカップにて  中学2年生の前半は、必死に国内の高校を調べて訪問して考察する日々。合わせて、NBHSの校長先生に問われた「カヌーポロの他には、何を学びたい?」という自分への課題と向き合いながらの試行錯誤。食卓でも何度も話題に上がりながら、正解の見えない模索が続いた。(ゆ)がよく言うように、きっと「どれも正解」。より多い選択肢があるということを豊かなこと、だと捉えたい。そこから迷って悩んで考え抜いて選択すること、それに意味がある。だからこそ、きっと辛いときも踏ん張れる。 以下は、高校見学の一年間を経て、(す)がまとめたレポートです。長文ですが、悩める少年の頭の中を垣間見ることができます。 2024年6月日本丸カップみなとみらいにて * * * 高校見学レポート 上原朱座   1,この一年の振り返り  中学 2 年のこの一年、日本各地の大会に遠征で行くたびに進路のことを考えてきた。同世代の選手、日本代表含むシニア世代の選手、各地のクラブチーム監督や指導者とも積極的に会話をして、プレーに関することだけでなく、進路についてもアドバイスや意見をもらってきた。  プレーについては、 9 月にあった日本選手権(中学生の部)での 2 連覇優勝を目標に据えて、一生懸命に取り組んできた。同世代の中では小柄な自分だが、試合では逆にそれを強みに出来るよう、戦略やポジショニングの研究にも力を入れた。山梨ではチーム練習ができる機会がほとんどないが、徹底した個人練習の見直しを図って取り組んだことで、大きく成長できた実感がある。例えば、各地の大会でシニアの部(主にカヌーポロに専門的に取り組んでいる大人世代のチームが参戦する最上位クラス。ほかに、カヌーポロ経験者や若い世代がチームを結成して参戦するミドルクラスと、小中学生やカヌーポロ初心者が参戦するビギナーズクラスの 3 部構成で大会が開催されることが多い)に出場するチームに加って競技させてもらい、その後もチーム加入に誘われるようになった。  また U-21 日本代表の練習に特例( U-21 選考会は 15 際以上が対象で、今シーズンまではまだ受験資格がない)で参加が認められたこともあった。その結果、この一年で真剣に話ができるカヌーポロの仲間・先輩が各地にできた。またそのおかげで、自主練だけでは賄えない、チー...

スー、高校生になる(2)

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   成田空港ではしゃぐ(す)   コルカタ から戻ってきて、 愛媛 で 山梨 で毎年賑やかに、試行錯誤して、それでも家族そろって健やかに暮らしてきた。とはいえ、(ゆ)と0歳の(う)と飛行機に乗っていた時のこともはっきりと覚えているのに、あれから16年も経っていて、今度は(す)と二人で飛行機に乗ることになろうとは。  カヌーポロを思いきりやれる高校生活を送りたい。その確固たる思いと努力する(す)を日々見てきて、私と(ゆ)はニュージーランドへの進学も視野に入れることを支援することにした。学校とのやりとりも重ねてきた私が、完全アテンドのニュージーランドへの高校見学の旅。未知なこと、久しぶりなことばかりで不安もあるけれど、重大ミッションなので気を引き締めてかかった。(どんなシーフード料理に出会えるか、も楽しみだった。)  夜な夜な下調べをしていると、なんとFBで知り合いがニュージーランドで永住権を取得したという記事が目に飛び込んできた。私が大学を休学して参加していた国際NGOの当時のスタッフで北欧出身のKだ。当時私は19歳、アメリカで研修生。私は彼のことをよく覚えていて、その穏やかなで誠実な雰囲気にかなり助けられた。さて、あちらはどうだろう。当時日本人も私以外いなかったし、研修後にインド行ったのも私だけだったし・・・覚えてるかも!とダメ元でメッセージを送ってみた。するとすぐに「懐かしいね!」のお返事が。よし、未知の場所だったはずのオセアニアが、Kのおかげでググっと身近になった気がした。私たちとしては大変ありがたいことに、国際便が到着するオークランドに住んでおり、空港で会えることに。他にも服装や持ち物のことなど滞在についての相談にも乗ってくれ、なんてこった、たちまちものすごい安心感。 22年ぶりのKとの再会! さて滞在を経て、帰路につきながらの私のメモを手掛かりに、当時の気持ちを以下にまとめました。 * 朱座の弾む心の音が、ひしひし伝わってきた。 ネーピアの街中を流れる川を見て、地域のカヌー場をみて、通りがかりの庭先にある誰かのカヤックをみて、クラブチームの看板を見て、いちいち小躍りが止まらない様子。そして目にしたシニア、ジュニアの大会の様子。いきなり大会に飛び込んでプレーさせてもらった同世代の男の子たちとの雰囲気。カヌー場に並ぶ、ギアが詰め込まれた沢山のコンテナ。...

スー、高校生になる(1)

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    この日は夏に火入れをした焼畑の山で、(ゆ)と蕎麦の収穫をした。あれやこれやおしゃべりをしながら、ふと子どもたちの進路選択の話題になった。(ゆ)が穏やかに、 「それにしても、我々は二世につくす人生だねぇ。自分たちが何を我慢しているというわけでもないけれど、いつも家族としての決断の最優先事項は子どもたちのこと。自分たちがガンガン稼いで年収や社会的地位とやらを上げていくという道もあった気もするけれど、そうではない人生を選んできたようだ。」 お、いいことを言ったな、と思った。私も、折々に感じていた。 (う)が10歳でインドに里帰り旅 を実現させたり、(す)のこの度のニュージーランド進学についても、私たちのこれまでの経歴と人脈と度胸が大いに注ぎ込まれている。きっとそれは、今後の(ま)や(さ)にも同じ。そして結果的に本人たちの希望にも沿い、私たちも一緒に冒険を楽しめる。なかなか面白く循環している、と折々に思っていた。  そんなことに思いを馳せていると、パッカパッカパッカ・・・と近づいてくる馬の駆けるような音。突然目の前を若い雄鹿が軽やかなステップで横切っていく。えええ!と思って(ゆ)を呼んで知らせていると、しばらくして山の中で遊んでいたはずのうちの コト (甲斐犬・オス・5カ月)が後から嬉しそうに走ってきた。初めての動く鹿に、興味津々でついてきたという印象。それにしても、初の鹿追い。猟犬としての素質はいかに?  子どもたちのことに思いを馳せてしみじみしていたところだったので、最初あっけにとられつつ、なんだなんだ?と我に返った。頭の中と目の前の情景のギャップがおかしくて笑えた。 この畑のすぐ上を鹿とコトが走っていった    そう、中3の(す)は年が明けた1月末にニュージーランドに一人で旅立ち、2月からの新学期を迎える。ここから3年間の高校生が待っている。カヌーポロに全力で取り組みたい(す)の武者修行。英語、生活スタイル、教育環境の違い。きっとこの子ならもがき楽しみながら乗り越えていける、と思う(多分)。そう思わせるだけの努力と考察を、この子は続けてきたと思える。  思えば 小1で早川町に来て 、本流堂とラフティングに出会い、パドルスポーツへの興味がいつしか競技として追及していくことにつながっていった。中2の段階では、カヌーポロに専念したい思いが強くなり、我が家的に...